たかが真っ当として逸脱する覚書


ありがとう。

アラズヤ商店は、今日も暇です。


言霊の精神として、そういう言葉を発してはいけないことは百どころではなく承知の上で、それでも発している上には受け止め方はさまざまとしてつまり、たぶんあなたが思うそれは ”誤解” です。


嘘でした。

そんなのはまったく横柄な話で、どうぞお好きにどうぞ知らんけど、の精神においてたどり着いた今日を今日として、アラズヤ商店は暇です。


商売が暇では明日が危ういのは誰しもが思うこと。

トワイエ。

そんな毎日をもう20年近く暮らしているので、”危うさってなんだっけ?”なんて、すっかり呆けたようなしたたかさばかりを自らに躾け続けて今日も、今日の世間を疑り深く執念深く、その欺瞞や誤解を解き明かしてあんぐりと、その饐えた願望と見栄と安心を覆してやらんとして今日も、新たなスタート地点に立つことといたしました次第なのです。


なんでしょう、別に大した意味はないですし、たかがヘアーサロンの戯言などたとえお客さんでも遠慮したいところであることくらい承知の上でこうして無駄な手間を仕出かしたがる無頼派の身勝手人生の末席に座すものとして、これって布石。いわんやなにかしらにかならんかをや。


”時代は変わった”


本当だろうか。

いや、たぶん本当でしょう。

去年もそんなことを人類は言い続けてきたはずで、その上で、また今年になって一味変わった気がして仕方がないんだよなにこれ、なんて個人的にも居ても立っても居られず。


嘘です。


なんだかまたしてもはみ出したような気分が止めどないだけでした。

世間はなんだか変わりましたよたぶん。

でも、あたしはやっぱり違う方向に向いちゃうんだな、っていうはやる悲しみから今年が始まりました。

とても開発的な心持ちであります。

文脈が破綻しております。

トワイエ。


なんで、そっち向いちゃったの?

しかも今更。


なんて、やっぱり共感のカケラもないことを、”商売”なんてちっともどうにもならないことを言わずにはいられそうにないのです。

静かな場所で、お節介なシステムに無駄な便利を盛られず、便利や満足ばかりに踊りたがる要求に計られず、ただの興味か必要として勝手に自発的に辿り着いたものたちだけへの真っ当な示唆として置くものを書いておいた方がいいと、あたしらしくまったく自惚れたことを思いました。


これは宣伝ではありません。


あなたたちというすべて逆さまを、真剣に正す、というおこがましい話に違いありません。




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