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”常識” なんて、量子もつれも甚だしいことばかり世間は言い腐る

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前回の記事があまりにも気狂いじみて長すぎて、我ながらやべえなって思いました。 冒頭数行で挫折される方がほとんどだったかと思うんですけど、それって無理もない話です。 もちろん承知の上ですし、承知の上でとめどない有り様を憚れないんですから、あれはもはや“病気” です。 アタマおかしいです。 とはいえです。 あたしはあたしとして、“アタマおかしい” と規定するその倫理に、やっぱり疑いを感じずにはいられない気がどうしてもしてしまうんですよね。 皆さんがあたしみたいのを“アタマおかしい” とするその倫理ないし根拠のような、つまりは単に“感覚”ということでもいいかと思うんですけど、つまりはその“基準”みたいなもののそもそもの疑わしさってことなんですけど。 だって、石破さんだったじゃないですか。 大手のメディアでそれを現実的に考えられるケースとして予測していたところはほとんどなかった気がするんですよね。 XとかSNS界隈で個人的にそんな予測をしていた人はあたしも見かけましたよ。 でも問題はそういうことじゃなくて。 “マスコミ”として、一般への周知や方向付けとしてそれを演出する雰囲気はなかったでしょ? ってことなんですよね。 なんなら“自民野党” だの“地味すぎて選挙に勝てない” だのって批判的な見通しを語る方が無難みたいな雰囲気だったかと思うんですよね。 だけど、結果は違ったじゃないですか。 後付けとまで腐す必要もなく、それを政治的な事情として説明出来るらしいことも理解しますよ。 その上で、増税路線だの親中だの防衛偏重の経済素人だとかって、見通しは芳しくない向きの話も少なくないみたいですし、反対意見は反安倍の立場を隠さない人たちがほとんど。 どっちがどう、ってどちらかを切り捨てるような話をしたいんじゃないんですよね。 むしろ、またそうして皆さんはどっちがどうとしたどちらかの話を鵜呑みにして“常識” を気取りたがるばかりなんですか、ってことなんです。 その結果、次の事態をどう“予測” に適うものとして受け入れるつもりなんですか。 “常識” らしく、 ってことです。 あたしはやっぱりアタマがおかしいので、結果を見て即座に思ったんですよね。 “世界線が変わった” って。 一国の総理大臣が変わろうっていうんですから変わるものは変わるでしょう、っていうのはつまらない話なんですよ、っていうか...

当たり前を選ぶ覚悟は出来たか

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10月からの営業対応について相変わらずの余剰説明いたします。 【ワクチンを接種される予定のある方は、ご来店後の接種もしくは接種後一ヶ月経過してからのご来店を必ずご予定下さい。ご家族や身近な方のご予定の際も同様です】 ・まったく個人的な見解及び判断です。根拠もなにもありません。お互いの理解や考え方を尊重する上で、ご同意いただけない場合は残念ですが他店様をご利用ください。 かねてよりお伝えしている通りアラズヤはゼロワクチンですし、そもそも流行病もワクチンも興味がなく、事実とすら受け止め難いなりの反発も甚だしく個人感情に不貞腐れて開き直る始末です。 ここ数年の世間の有り様に触れるにつけ悉く馬鹿を眺める気分しか思いつけない穀潰しとはあたしのことです。 そんなあたしのせめてもの、まったく個人的な見解をお伝えします。 そもそも人類の歴史はウイルスとの戦いと共生の歴史などと豪語する御仁がいるとかいないとか、そんなことあたしが知る由もないのは当然のことながら、ともあれまったく反論も反発も異論こそなく、ただただ当たり前の事実として酌量に適わんと願いすぎるあまりにむしろ胡散臭く支離滅裂なことを嘯くばかりの体たらく。 とはいえ。 ウイルスでしょうがワクチンでしょうが、それが天然でも人工物であったとしても、マクロ的宇宙的視点で俯瞰すればすべては地球という一つの生命が織りなす自然現象に違いなかろうかと、つまりはそんな大雑把な視点こそがアラズヤがアラズヤたる所以、めっぽう面倒臭がりらしくざっくばらんな穀潰し視点としてまったくの事実としか受け止めようもない理解そのものの起点でこそありましてつまりはそういうこと。 人類が人類を人類視点で理解したがるなんて、味噌糞とかカレー味のうんこかうんこ味のカレーかみたいなことかと、そんな生意気なことこそつい考えてしまうんですよね。 偉そうすぎなんですよ、人類なんてとっくに。 ウイルスの”変異”ってなんですか、サバかブリか知らないですけどつまりは”出世魚”的な、成長の段階で名前が変わる的なアレのことなんですか、段階的に待ち受ける規定的変遷なんですか。 まさか。そんなはずないですよね多分ですけど。 あっちらさんだって人間サマを当てにして宿にして、細胞分裂して進化と成長を試みる熱心な店子さんみたいなものかと思うんですよね。 “人間”っていう賃貸物件の条件や環境に合わ...

勘違いです。それはきみのことなんです。

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 ちょうどひと月ぶりの更新になるんですけど、怠けていたでもやる気がなくなったでもなんでもなくてですね、書くからには用があるわけで、ないわけないそんな用が必然、鬱陶しがられるばかりであることを自覚しながらのことでしかないんですよね。 つまるところあたしが書いてしまうことの一連たる性質は本当に嫌な感じでしょうし面倒臭かろうですし、そもそもそんないちいちの興味ないから鬱陶しいだけ、なんならまあまあムカつくし、とでも言ったところでしょうか。 重々、承知してますです。 そんな上で近頃にいたりましては自身について“思想反社”だの“商業テロリスト”だの自称して憚らない猛々しさ、もとい疎ましさばかり買い叩きたがりやがってどんな仕入れ思想かよとして爪先ほども共感したくないともっぱらの評判だとかなんとか、人っこ一人寄りつかない“商売モドキ”の様相をいよいよ呈するものなわけなんですけど。 と、まあご挨拶はこの辺までといたしましてですね。 早いもので、九月ももう目の前に差し迫ってまいりましたんですよ。 まったく気忙しいばかりで誠に嫌になるばかりなんですけど仕方ないです、嫌も嫌なりに夏の暑さにもまあまあ辟易していたわけで、この夏なんてあるまじきことにあたし、バイクでどこにも出掛けていません。 っていうか、もはや出掛けることはないでしょう。 だって今日はもう八月の晦日の週末。 いつ出掛けろって言うんですか。 いえ、まあまあ出掛けるならそれはそれとして無理でもないですけど。 だって、この週末だってろくに仕事ないですからね。 ザマアミロですか、はいはいそんなのはもうとっくに慣れてますってば。 690円カット美容室が全国拡大 平日タイムサービス順番待ち 物価高も工夫で価格維持 3409a53a9e985533943d2b8e3bc6c39280becbdf 久々の香ばしさ。 実際に行ってみた、の考察記事なんかも流通してるみたい。 “失われた三十年”とか、“物価も給料も取り残され日本”だとか、知らない人は多いかもしれないですけど、いよいよ日本って国連から“貧困国”認定受けちゃったんですよね。 総人口に対する潜在飢餓人口が5〜15%とかそのへんの”貧困国”としては貧困度合いがまだ軽めの分類ではあるんですけど、それにしてもかつて経済大国世界第二位まで上り詰めた国が、それからたったの三十年で”貧困国...

アラズヤ、また変えるんだってよ

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  【9月2日からの価格改定につきまして】 [基本料金] ¥5,000     ・一ヶ月以内 ¥3.000(土日祝 +¥500)    ・二ヶ月以内 ¥4,000(土日祝 +¥500)       (月同日設定・過日希望調整はグズグズになるのでご勘弁ください)    ・カラー、パーマ、縮毛矯正に変更はありません    ・ハーブエイジング ¥8,000 (導入 3ステップ ¥18,000 )    ・ハーブクレンジング ¥1,000 [サブスクフリープラン] ¥10.000(三ヶ月継続条件)    ・カット無制限    ・カラー、パーマ自由提案    ・ハーブエイジング、クレンジング    ・縮毛矯正 +¥5,000でOK 今後予測される社会情勢を鑑み、ノーシャンプーのメンテナンスプランはサービス終了となります。 というのは建前で、実験結果としての不貞腐れ却下として他記事にて赤裸々に開き直っておりますので勇気のある方はご参照くださいお薦めはしませんけど。 的確な未来予測のお話です。意味わかんないですね。 というわけで、 そんなこんなで今後の見通しといたしましては、 “ケチな理由で諦めさせない” というお節介な個人的倫理と嫌悪に基づく小回りの効いたサービスをご自身にケチ臭くない方々に向けてのみ提供させていただくお任せもしくは勝手気ままな“成り行き型商店”としてアップデートしてゆきたい所存なのであります。 カラーしたいけど高いでしょ、パーマしたいけど高いでしょ。 いや、他の店見てごらんよもっと高いから。 だからって、そもそもどうしたらいいかイメージないしわかんないし。 って、やる気あんのかボケえ。 なんてな。 ケチだし発想力もないあなたの怠けた興味を勝手にいじらせて欲しいんですよね、つまんないので。 バラバラで買うから高いだけで、まとめて買ったら安くしとくよってそれってただの商売下手だしコテコテの街商売の乱暴さだと思うんですし、せっかくだからそんなついでに“見たことない自分”くらいのことさっさと出逢ってみたらいいんですよね、つまんないので。 “アップデート”なんちゃってそんなの言い方だけで、心は“温故知新”ですよ。 お節介型のたかが個人商店ですよ。 切り放題だしメニュー全部込みだしその代わり勝手にやらせて欲しいって、まあ横暴。 いや、もちろん希望聞きますけど、わか...

お説教も効かない社会に先駆けるお説教

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 思いの外にも近くこの世は、社会はどんな有り様になるのか。 たかが想像でも与太話でもそんなことうっかり口走ったなら、隠すつもりはなくもないけどそんなんも面倒臭えや、くらいの雑さに任せた嫌悪か偏見に満ちた面持ちに出くわすことは避けられないわけで。 とはいえこちらこそ避ける気もないわけで。 たぶん、もう限界なんですよね。 そんなもんに出くわさせてくれた方には覚えもなくもなさそうなことを言ってしまえば、あたしの思考回路はもうとっくの条件反射。 それどころか触れれば尖る脊髄反射ですよとっくに。 すべての話がたかが一点に凶悪に帰結する。 ウチにはもう、そんな感じしかないですね実際。 とんでもない“地雷空間”ですよ、無差別攻撃の通り魔と変わらない進撃の逆恨み。 何言ってるのかわからないならあなたは一部の限られた優良な人物かもしれないから、この先を読む必要はないと思います。 せめては勘違いでないことお祈りするばかりなんですけど。 ここ一年程費やした観察期間を終えようとしています。 この夏を境に、ウチはまたしても横暴な変革に挑む所存でいるわけなんです。 “変革”だなんてそんなのは大袈裟で、言うなればたかが個人による”テロリズム” 公明正大に蔓延るたかが個人としての”反社会派”なる精神的欲求のススメいわんや破壊活動をや。 そのための観察期間だった、ということ。 甚だしく問いかけるも世間たる思考か価値観というものはベタ凪の如く無反応か決めつけの上に都合か言い訳ばかりだとか、そんな受け止め方からすでにまったきテロリズム。 そうなんです、とっくに嫌になってる。 そんな強制変革あるいはたかが終了らしく。 世間は損得勘定が得意らしい、というかそればかりが選択のすべてらしいので、そんな興味に沿った設問となります。 直感を誤魔化さず率直にお答えいただきたいんですよ。 “三ヶ月に一回、5,000円” “毎月、1,800円” お店にとって、より歓迎に値するお客さんはさて、どちらでしょう。 他のお店さんのお考えは知らないです。 あたしんちに限ったお話なので、勘違いしないでほしいですし、とはいえウチに限った話ではないあなたという日常的な価値判断でお答えいただきたいんです。 隠す気もないので早速解答です。 そんなの、 “三ヶ月に一回、5,000円” に決まってるんですよね。 1,800×3=5,40...

他人事だと思いたいだけの似たもの社会の終わりは近い

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 “人は見た目が9割” なんて身も蓋もないタイトルの本がかつてあった気がするんですけど、それってたぶん身も蓋もないような残酷な事実だと思うんですよ。 ”人は相手を見て弁える” ってこれはたかが個人的な当たり前の理解として心がけるものなんですけど、先のタイトルとほとんど意味が変わらないことのような気がするんですよ。 ”カスハラ” 近頃よく目にする耳にするワードなんですけど。 世の中、心得のない人は少なからずいるわけなんですけど、それに遭遇していちいち腹を立てたり傷ついたりするのは馬鹿馬鹿しいことですよ。 あたしは生涯のほとんどを”接客”に費やしてるので、誤解も含めていろんなお人柄に触れて考えさせられる機会は割と多かった人生ではあるはずなんですよね。 結果、まあまあの人嫌いだとかそんな不毛か傲慢の甚だしさはさておき。 一体、誰のせいなのか。”カスハラ” たかが個人的見解として、”自家中毒”みたいなものと思ってるんですよね。 もっとわかりやすくなら、”自業自得”だとか。 ”人は相手を見て弁える”って、そういうことのはずですし、そんな結果としてまきおこる現象ということでしかない気がする、ってことですね。 一つの考え方として、ですよもちろん。 ”カスハラ”を仕出かす一人の人物を“カスハラん”とここで名付けます。 ”カスハラん”は、生まれつき”カスハラん”だったわけじゃないんですよねきっと。 どんな育ちで性格か、なんてことはいちいちどうでもいいんですけど、とはいえそんなそもそもの性質がさせること、はじめのうちはシャイか臆病かともあれ悪気などこれっぽっちもないつもりの態度が、相手には疑り深くか取っ付きにくく思われがちでしかなかったことが、繰り返すうちに自身に見舞われがちな境遇として、待遇として、無愛想か冷遇が社会から差し出される常としての態度という逆恨みにも似た自覚という偏見に思い当たって、都度に深めながら、それを打ち返す術として徐々に鍛えて身につけたらしい態度、”カスハラ”を発現させて厭わない強固な姿勢をいつの日か些細な事態をきっかけに爆誕させるに至ったものではないのか。 ”人は相手を見て弁える” そうして見舞われる有り様を、”カスハラん”はすっかり自分自身として、厭わなくなってしまったものではないのか。 社会こそが自分を決定した、などとそんな惨めな誤解の欠片もなく嘆き...

恒例のTV番組を偽善呼ばわりしたいだけのたかが性悪みたいな

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 人なんて所詮、身近な他人の不幸に救われないとたかが自分程度も支えられないんですよ。 親切そうに振る舞って見せるだけ、心の中では”ザマアミロ”とまでは思わなくても、”かわいそうに。自分はこいつよりまだマシだな”なんて、嫌でも思いついてしまうし下卑た安堵を隠せない生き物。 それが”人間”っていう、何よりの証拠みたいな心の動きだと思うんですよね。 あたしはとんでもなく嫌な人間なのではっきり言ってしまうんですけど、そういうこと本当に思わないんですよね。 悲劇とか不幸とか、ただの映画や物語でも見るのも聞くの嫌。 いざとなれば避けられるはずもない感情をわざわざ作りものとして見せびらかしたがるなんて問題外ですし、いちいちのニュースや報道なんて整然としてるだけむしろ迷惑。 気が塞ぐようなこといちいち知らせんなって、不機嫌になる。 何もしてあげられないし、同情も理解も安易なことは言うべきではない、なんて綺麗事こそ苦手ですよ。 不用意に戸惑わせないでほしいし、貧弱な自分をわざわざ自覚させないでほしいって思う。 ”心苦しい”って、個人的にはそういう心理状態のことだと思うし、自分のことすらどうにも出来ないっていうせめては虚無、率直には自己嫌悪でしかないですよひ弱にも程があるみたいな。 上手く伝えられそうにないんですけど、だからあたしは”所詮”なんて決めつけてせめては嫌うんだと思うんですよね。 だって、”所詮”以上のものが当たり前にあってそれを他人に向けて惑いなく振る舞えるなら、それが本当ならあなたはそれを受け止めて”感謝”だとか、そんな美徳を狼狽えず振る舞えますか。 そんなの、惨めすぎて嫌ですよあたしは。 決定されて惨めすぎて、舌噛みますよそんなの。 ”所詮”として遠慮なくあれ。 それを承知の上で喧嘩を売って、残ったものだけ褒めてやる。 その方が楽だし、実感深そうじゃないですか。 面倒なんですよ、意味わからないですし。 あたしなんか”所詮”そんなものとして、決めつけられるような理解らしきものなんかに救われたくはないんですよね。 そんなもの、絶対に筋違いも勘違いも甚だしい不愉快な決めつけでしかないことくらいわかるじゃないですか。 だって、人は見込みで決めつけて”安堵”したい生き物ですよ。 そうでもしなければ不安すぎて、自分ばかりも支えられない生き物ですよ。 なんですかそれ、面倒臭い...